日本の労働安全衛生法における会社の義務と衛生管理者資格の関係
1. 労働安全衛生法の目的と基本理念
労働安全衛生法(安衛法)は1972年に制定され、労働基準法と一体的に労働者の安全と健康を確保するための基本法として機能しています。その目的は単に労働災害を防止することにとどまらず、快適な職場環境の形成を促進し、労働者が安心して働ける状態を実現することにあります。企業活動においては「安全と健康」が不可欠の基盤であり、その確保は法的義務であると同時に、企業の社会的責任(CSR)の一部とされています。
この法の枠組みに基づき、会社(事業者)には多岐にわたる義務が課され、その履行を担保する人材として衛生管理者が重要な役割を担います。
2. 会社に課される主な義務
労働安全衛生法が会社に課している義務は、大きく以下の四つに整理できます。
(1)安全衛生管理体制の整備
常時労働者を使用する事業場においては、一定規模を超える場合に以下の者を選任し、組織的な安全衛生管理体制を構築することが義務付けられています。
- 総括安全衛生管理者:労働者50人以上の事業場で選任。安全衛生管理の総責任者。
- 安全管理者:労働者50人以上で、かつ一定の業種(製造業、建設業など)に該当する場合に選任。
- 衛生管理者:労働者50人以上の事業場で選任。職場の衛生面を専門的に管理。
- 産業医:労働者50人以上の事業場で選任。医学的知見に基づき健康管理を担当。
これらの役職者は法律上の必須ポストであり、選任しない場合は罰則の対象となります。
(2)作業環境管理
労働者が従事する作業環境が安全かつ衛生的であるように維持管理する義務があります。具体的には以下が含まれます。
- 粉じん、有機溶剤、騒音など有害要因の測定と評価
- 基準値を超えた場合の換気、遮音、防護具の配布など改善措置
- 作業環境測定士や有資格者との連携
(3)労働者の健康管理
労働者の心身の健康を確保するために、次のような取り組みが義務付けられています。
- 定期健康診断の実施
- 特殊健康診断(有害業務従事者を対象)
- 健康診断結果に基づく就業上の措置(配置転換、就業制限など)
- 長時間労働者に対する面接指導
- メンタルヘルス対策
(4)教育と情報提供
労働者に対する教育と情報提供も義務の一つです。
- 新規雇入れ時や配置転換時の安全衛生教育
- 危険有害物(化学物質など)のラベル表示、SDS(安全データシート)の提供
- 衛生委員会での情報共有と従業員への周知
3. 衛生管理者の資格制度
会社の義務のうち、特に「衛生管理」に関連する部分を担保するために設けられているのが 衛生管理者制度 です。
(1)選任義務
- 常時50人以上の労働者を使用する事業場 → 衛生管理者を必ず選任
- 労働者数に応じて複数名の選任が必要(例:200人を超えると2人以上)
- 選任後は労働基準監督署に届け出る義務あり
(2)第一種衛生管理者と第二種衛生管理者
- 第一種衛生管理者
製造業、鉱業、建設業などの有害リスクが高い業種を含むすべての業種に対応可能。
より広範な知識が求められる資格で、難易度も高い。 - 第二種衛生管理者
一部の業種に限定して選任可能。主に事務系、サービス業、小売業など比較的リスクが低い業種で有効。
製造業などでは使用できない。
(3)資格取得方法
国家試験(衛生管理者試験)に合格することで資格を取得できる。
受験資格としては、高等学校卒業後に一定期間以上の労働衛生に関する実務経験を有することなどが必要。
4. 衛生管理者の役割
衛生管理者は会社の安全衛生管理体制において、以下のような具体的業務を担います。
- 作業環境の点検・改善
有害物の使用状況、換気の状態、騒音レベルなどをチェックし、必要な改善を指導。 - 労働者の健康管理補助
健康診断の実施手続きや結果処理を担当し、産業医と連携して就業上の措置を支援。 - 衛生教育の実施
新入社員や現場作業者に対する衛生教育を計画・実施。 - 衛生委員会での活動
労使代表や産業医とともに衛生委員会に参加し、職場環境改善策を審議。 - 法令遵守の推進
法改正や厚生労働省の通達に基づき、会社が違反しないよう助言・指導。
5. 会社の義務と衛生管理者資格の関係性
ここまで見てきたように、会社に課される労働安全衛生上の義務のうち、特に「衛生管理」に関連する部分は高度な専門性を要するため、法律はその担い手として「衛生管理者」の資格制度を設けています。
関係性を整理すると次の通りです。
- 法律 → 会社に安全衛生管理体制の整備を義務付ける
- 会社 → 義務を履行するために衛生管理者を選任する
- 衛生管理者 → 専門的知識をもって会社の衛生管理義務を実務的に遂行する
つまり、会社の法的義務を現場レベルで実行するキーパーソンが衛生管理者であり、衛生管理者資格はそのための必須条件となります。
6. 選任義務違反と罰則
衛生管理者を選任しない場合、事業者は労働安全衛生法違反となり、50万円以下の罰金が科される可能性があります(安衛法第120条)。また、労働基準監督署からの是正勧告や指導を受けることになり、企業イメージの毀損にもつながります。
7. まとめ
労働安全衛生法は、労働者の安全と健康を守るために会社にさまざまな義務を課しています。その中で「衛生管理者制度」は、法律上の義務を現場レベルで確実に遂行するための仕組みです。
- 労働者50人以上の事業場では必ず衛生管理者を選任する義務がある
- 業種に応じて第一種または第二種衛生管理者を選ぶ必要がある
- 衛生管理者は作業環境管理、労働者の健康管理、教育、法令遵守の推進を担う
- 会社が衛生管理者を選任しない場合は法的制裁を受ける
このように、労働安全衛生法における「会社の義務」と「衛生管理者資格」は切り離せない関係にあり、両者を理解することは労働安全衛生活動の根幹をなすと言えます。

